空の境界


著者:奈須きのこ
出版社:講談社文庫
発売日:2007~2008
★★★★☆

2年間の昏睡の後遺症として記憶を失い、この世のあらゆるモノの死を視ることのできる“直死の魔眼”を手に入れた少女・両儀式を襲う数々の怪異。死そのものを体現化した太極の結界。永遠を求める魔術師。そして再来する殺人鬼—。式を苛む“殺人衝動”の赴く先に、真実を告げる記憶の境界が開かれる—!?

Web小説、同人として発表したのち講談社ノベルスから刷新された空の境界が発売されたのが2004年のこと。そのころ友人の一人が新しい方の空の境界を読んでおり、色々なところで色々な評価も聞いていたものの、TYPE-MOONの他の作品にすら関わりを持っていなかった私は、なんとなくこの「空の境界」を読むことを避けていました。そんな私も高校、大学と成長するにつれ、月姫やfateといった作品に触れる機会が自然と巡ってきました。そうして当然の如く空の境界に再び興味が湧いてきた私は、偶然文庫化された空の境界が本屋に並んでいるのを見つけて買ってしまいましたとさ。買ってからもしばらくは寝かせておいたので、なんだかこの本を読むまでに随分と遠回りをしてしまったなぁ・・・。
奈須氏の作品はその世界観、世界の設定が緻密に練られていることがその特徴です。面白いのは氏の作品の数々が、その作品の壁を越えて世界を構築する設定を共有しているという点です。例えば魔法と魔術の定義とかとか。また氏の文体の特異さもよく賛美や酷評の対象となります。複雑怪奇な設定と、それを伝えるより混沌とした(と一部で言われる)特徴的な文体や文章構成が奈須きのこ氏の作品が一般受けされない理由でもあります。だからこそ、それに衝撃的な感動を覚える一部の人たちが、奈須きのこ教に入信する信徒の如く、盲信的に氏の作品を讃え上げてくれるわけです。なんだか押井守監督の作品とその熱心なファンに通じるものがありますね。
まぁとにかく「分かり辛い」らしんですよ、この作品は。”らしい”というのは私はそうは思わなかったからです。恐らく空の境界に至るまでに奈須ワールドにどっぷりとつかってきたからでしょう。奈須茸の毒に耐性が出来ていたんだと思います。そう言う意味では空の境界が初期の作品であるにも関わらず、遠回りをしてここに至ったことはあながち間違いでもなかった気がします。そういえば特に型月作品に興味もなく空の境界を読んでいた友人はあまりいい評価はしてなかったようなー・・・。
ただ読み手を選ぶことも間違いないでしょう。両義式の抱える問題。黒桐幹也の在り方。登場する他の人物たちの起源と思念と行動。この作品の全体に漂う世界感だけではなく、人物一人、展開一つに至るまで奈須きのこ氏の、けして万人受けするとは思えない思想や哲学が全てに込められているのです。作品全体から伝わる奈須氏の思想を受け入れられるかどうか。それは他の作品を通して慣れるということとはまた別の問題です(もっとも受け入れられなければ次の作品を読もうとは思わないでしょうが)。氏の押しつけてくるセカイを受容できる人には、空の境界は最高の作品となるはずです。拒絶してしまう人には、たんなる小難しい訳の分からない作品として昨日の朝飯のメニューを覚えているかどうかと同じ程度の価値しかないのかもしれません。私は前者でした。他の人はどうでしょう。
そういえば映画化もされてるんだよなー。知ってたけど今更映画観にいくのもなー。完全に乗り遅れた感がありますが、純粋に観たいという衝動もあり逆らい難し。DVDBOXも七分割されていることを考えると結構な出費になりますし・・・どうしたものか^^;きっと良心的な値段と満足のゆく画質のBD版が出るだろうと淡い期待を抱いてここは静観。