ユービック

ユービック (ハヤカワ文庫 SF 314)
著者:フィリップ・K・ディック
出版社:ハヤカワ文庫
発売:1978
★★★☆☆
超能力を扱う集団と、超能力をただ封じるというだけの能力を持つ不活性者。不活性者を集めて超能力の脅威を取り除くことを生業としているランシター合作社。超能力者の被害にあっているという実業家スタントンミックの依頼を受け、選りすぐりの不活性者と技師のジョーチップをつれてランシターは月へ向いました。けれどもこの依頼は敵方の罠で、まんまと騙された不活性者のチームは社長であるランシターを失い、ほうほうのていで地球に帰ることに。
さぁここから超能力集団とジョーチップひきいる不活性者のチームの熱く激しい戦いが始まると思ったら大間違い。地球に帰ったジョーチップ達らはディック作品ならではの特異な世界へ、読者も巻き添えにして次第に重い霧の漂うディックワールドへさまよい始めるのです。
原因は不明。持っているコイン。止めてある車。世界に(少なくとも目に見える世界に)存在する物体に起きた過去への退行。不可思議な死に方で次々と姿を消すチームメンバー。非現実的な事態。助かる道は一つ。ユービック・スプレー缶を使うこと。原料は不明。効果も不明。一人になっても必死で頑張るジョーチップ。
SFとサスペンスの融合は娯楽としての面白さよりも、泥沼を泳ぐようなつらさを感じさせます。それが嫌じゃないにせよ、です。最後のオチがまた嫌らしくて、現実と非現実の境界をめちゃくちゃにして「じゃあな」とでも言うように物語を終わりにしてしまいます。放り投げられた私は何とも言えない気持ちを胸に抱え、次なるディック作品を頑張って読むのでした。

電気羊は「人間とは何か?」がテーマであると私は理解しているのですが、そうするとユービックは何がテーマなのでしょう。現実とは何か、でしょうか。物語全体に漂う雰囲気は現実の曖昧さを思わせます。ある出色の考察には次のようなことが書いてありました。
ユービックとはユビキタスに通じる言葉であり、万能薬である。現在のテクノロジーに当てはめれば、それはユビキタスコンピューティングだ。それはどこにでもあることで、この世界に生きる私たちを限りなく万能してくれる。しかし、それは同時に現実を非現実なものが浸食し、かけがえのない現実がどこかへ遠のいてしまうことを意味する。
「現実」の曖昧さはもっと古い作品はもちろん、マトリックスなどの新しい作品にもみられる、これもまた「人間」と同じくらい不思議で興味をそそる命題です。今私たちが生きている世界ですら、すでに現実は幾重のレイヤーが重なり複雑化しています。今こうして手で触ることが出来る現実。現実とは乖離した仮想現実。現実に非現実を重ねる拡張現実。しかしどの現実も私たちが生きて関わる事の出来る世界であり、だからこそテクノロジーがもたらす万能感とともに足下が崩れるような不安も感じさせるのではないでしょうか。卑近な例で言えばオンラインゲームがそうであり、ネット上で展開する情報行動も全てそうかもしれません。現実の曖昧さから、複雑化する現実に対して、現実とは何かを考えさせる作品なのかもしれません。
いずれにせよ今の私にまだまだ難しい・・・とりあえずディック作品は読み続けよう。